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「美味しさの基準」

おいしさ研究所ファン?の皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年も、美味しさへの飽くなき追及はさらに続きます。
どうぞよろしくお願い致します。

この世の中には、さまざまな食のコンテストが数多くあります。
お酒のコンテスト、料理のコンテスト、お菓子やパンのコンテスト。
それぞれの作品に順位が決められ、評価されます。
よい順番や評価された品物は、さらに多くの方々に支持され、一つのブームが起こったりもします。
もちろん何らかの基準に従って、それぞれの点数が決められていくのだと思われますが、どうも明確な「美味しさ」の基準というものは無く、審査員の方の経験や、感性に頼るところが大きいようです。

「美味しさ」をスポーツの世界のように、すべてが明確な数字となり、勝敗が分かりやすくなれば、本来もっとも分かりやすいのですが、今のところ「美味しさの基準」たる書籍は見当たりません。
京都の大学で、古くからの伝統や技術を継承してきている「京料理」に注目し、料理人と一緒に、何らかの成果を求めた研究がなされたことは、伺ったことはあるのですが、はっきりしたことは分かっていません。

それなのになぜ人は「美味しさ」に点数をつけることが出来るのか?優劣をつけられるのか?
現時点では、人は「美味しさ」に点数をつけることも出来ないし、つけてはいけないのではないか!

食べ物は美術品ではないので、いくら美しくても、美味しくなければ意味がありません。
いくら綺麗なお菓子を作っても、それがまずければ、いっぺんにその美しさは吹っ飛んでしまいます。
しかし、時間の軸をずらすと、人は錯覚をおこします。
洋菓子のコンテストで、最も高い評価を得るものが飴細工(ピエスモンテ)があります。
なぜか、この賞を得た者=美味しいものが作れる人となります。
冷静に考えれば、美大の方に飴細工を教え=美味しいものが作れる人にはならないはずです。

私の生涯の師ともいえる弓田氏は、今まで数多くの「美味しさ」を作り上げてきました。
正にそれは天才的で、他に類をみません。
素材の表情を感じ取り、生地にクリームにその役割をはっきりさせ、或るときは人の心にまで入り込む
「美味しさ」を作り上げてきました。
しかし、私のような普通の人間にも「美味しさを」作る役割はあるはずです。
そして、それは職人としての積み重ねた「美味しさ」です。

洋菓子職人。
特に生菓子は、生地、クリーム、仕上げといったパーツにそれぞれに役割をもたせ、それぞれが役割を保ちながらも、一体の美味しさとして感じさせる、いわば美味しさを作り上げる食のプロフェッショナルであります。
そのためには、美味しさの仕組みを理解しなければ、到底美味しいものを作り出すことは出来ません。
この眼の前にある一つのリンゴが、どうしてこんなに美味しいのか。
出された料理は、この部分が足りないから、いま一つ美味しさに欠けるんだなとかなどなど、口に入るものは、全てできるだけ正確に、理解できなければいけません。

こうなると、美味しさをちゃんと作れる洋菓子職人を、一人ぐらいはそれぞれのコンテストに、審査員として入れておくのも良いことではないでしょうか?
でも、ちゃんと美味しさを作れる洋菓子職人を、どうやって決めればよいのでしょう・・・
やっぱり難しいですねぇー。

今のところ「美味しさの基準」というものはありません。或いは出せないのかもしれません。
賞をとったもの、値段が高いもの、多くの方が美味しいといったものが本来の美味しさであれば、一番分かりやすいのかもしれませんが、どうもあてにはなりません。
我々は、人間本来が感じる身体と精神求める美味しさを、自分で判断するしか、今のところないように思います。
そして、あの「質の正体」こそが「美味しさの基準」になる大切な手掛かりになると、私は思っています。

次回は「味覚野」